-貞山運河研究所は、貞山運河の魅力を再発見し、地域振興に活かします-

貞山運河の今

(1)東日本大震災以前
貞山運河の沿川は豊かな自然と住宅が織りなす原風景が広がっていました。運河には小型船舶が行き交っていました。散策や釣りの場として、住民に親しまれていました。水面が穏やかなのでボートの練習にも使われていました。水鳥などの野鳥が多数生息しており、住民の目を楽しませてきました。貞山運河は沿川住民の暮らしのなかに溶け込んでいたと言えます。

貞山運河が最初の開発から400年以上が経過しても、往時のまま現存しているという事実の価値を、それがあまりにも身近であるが故に、地元ではあまり認識されてこなかったように思われます。

地元では自分たちの域内の貞山運河は特に身近なものとして、イベントなどを開催した例はいくつかありました。たとえば、運河フェスティバルは岩沼、名取、石巻などで開催されました。このような催しはあくまでも地域住民が主役のローカルなものであって、貞山運河を1つの壮大な地域資源として活用し、地域おこしや観光の推進に取り組むというような視点はなかったと思われます。

(2)東日本大震災時とその後
震災は貞山運河に多大な被害をもたらしました。貞山運河のほぼ全域が津波の直撃を受け、運河周辺の自然環境はほとんど破壊され、いくつかの歴史遺産も破損しました。しかし、運河そのものは、護岸の破損が多く見られたものの、分断や埋没あるいは決壊といった被害はなく、元の姿がほぼそのまま残っておりました。

津波が貞山運河に到達したとき、津波はいったん運河に溜められ、対岸に到るまで若干の時間がありました。つまり運河が緩衝の役割を果たしたと思われます。この現象により津波の被害がいくらか低減したのではないかとの研究者の指摘があります。貞山運河は防災の観点からもその重要性が見直されようとしています。

従来から貞山運河は宮城県が河川として管理しています。現在、県は『貞山運河再生・復興ビジョン』を策定し、貞山運河の復旧に取り組んでいます。この取り組みには、津波減災機能の検証も含まれています。

以上のように官を中心にした貞山運河の復旧が進んだとしても、従来のように貴重な地域資源である貞山運河をそのまま眠らせておくのはもったいなく、震災で疲弊した地域経済の活性化や地域振興のために有効に活用することが肝要と考えます。

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